Episode #03 | Colpadoc
コルパドック先生は、中等学校の国語の担任でした。丸い金縁眼鏡をかけた坊主頭で、いつもブラウンの古びたジャケットにジーンズ、足元だけは妙に鮮やかな辛子色のスニーカーでした。授業中はもっぱら、学生のころに観た映画の話や音楽の話ばかりしていました。
私が先生と最後に話した卒業式の日のことは、今でもよく覚えています。式が終わって浮ついた空気の中、教室で帰りの支度をしていた私は先生に呼ばれました。
廊下の北窓から見える坂道には桜が咲き乱れ、その向こうの青々とした丘陵の山々には春の霞んだ空が広がっていました。
「お前もとうとう卒業か」
先生が言いました。
「はい」
「早いものだなあ。入ってきたころのお前は、もっと生意気だったのになあ。三年あれば人間はずいぶん変わるな」
先生はそう言って笑いました。
歩きながら、特に何を話すというでもなく、卒業式の日らしいとりとめのない会話が続きました。誰々先生が最後の授業で泣いていたとか、桜が今年は例年より早く咲いたとか、活字拾いの仕事はもう辞めていいのかとか。
先生はそんな話の合間にも、何度も足を止めては窓の外の桜を見ていました。毎年見ているでしょうに、初めて見るような顔をしていました。
「この坂の桜も、私が子供の頃からずっと同じ場所にある」
と先生は言いました。
「毎年少しずつ枝ぶりが変わるんだが、それに気づけるようになったのは、教師になってからだな。生徒はみんな入れ替わっていくのに、桜だけはここに残り続けている。おかしなものだ」
私はその時、うまく相槌を打てませんでした。ただ、先生がこの学校で過ごしてきた年月の長さを、その一言だけで感じ取った気がしました。
しばらく歩いたところで、先生はふと足を止めて、懐から一冊の本を取り出しました。
「役に立つかは分からないが、この本は数学をやるお前に渡しておくのが一番いいだろう。私が昔、大学生だったころだ。オークパドリーの会館にカポリ先生の講演を聞きに行った。だがさっぱり分からなくてなあ。先生が言うんだよ、『あなたという私、私という私』を強く意識しなさい、って。それが今でも私の宿題になっている。これはきっと死ぬまで答えの出ない宿題だろうなあ」
私は本を受け取りながらも、正直、その言葉の意味はよく分からずにいました。
「人生は思っていたより短い。好きなことを思い切りやるといい。人生の質の充実を。元気で、な」
先生はそう言って私の背を軽く押しました。
「はい。頑張ってきます」
私はそれだけ言って、頭を下げました。先生は何も言わず、ただ小さく頷くのでした。
教室へ戻る途中、振り返ると先生はまだそこに立ったまま、私を見て手を振っていました。
それが、先生をこの目で見た最後の姿でした。それからほどなくして、先生は階段で足を滑らせ、頭を強く打って亡くなったと聞きました。