Episode #01 | Mackenzie

白いセーラーカラーシャツを着て製図机に向かう人物のシルエット

 祖父は寡黙で、あまり昔話をする人ではありませんでした。私が何か訊けば大抵のことは教えてくれましたが、自分から長々と話し始めることはほとんどなく、いつも押し黙ってじっと誰かが話し始めるのを待っているような人でした。
 祖父が若い頃、造船所で働いていたことは知っていました。けれども、どんな船を作っていたのか、どんな人たちと働いていたのか、私はほとんど聞いたことがありませんでした。

船が停泊している港のイラスト

 そんな祖父が珍しく外へ連れ出してくれたことがありました。私が初等学校へ上がる前だったように思います。行き先はソルハンプトンの港にある開港記念館でした。
 その日は朝から随分と風が強く、港の信号旗が音を立てて風に煽られていました。展示に興味のなかった私は、窓から岸壁に並ぶ船ばかり眺めていましたが、祖父はゆっくりと館内を歩き、食い入るように一つ一つの展示を見ていました。昔の帆船の模型、織物を積んだ商船の絵、港の古い写真。祖父は特に説明をするわけでもなく、ときどき立ち止まっては展示を見て、うんうんと唸っているのでした。
 私はすっかり退屈して先へ進もうとしましたが、祖父は「急がなくていい」とだけ言いました。
 展示室の奥には造船業を特集したコーナーがありました。壁には船舶の青図が並び、机の上には古い測量器具や計算尺が置かれていました。祖父はそこで初めて少し口数が増えました。
「昔はな、こういうのに全部手で描いたんだ」
 そう言ってガラスケースの中の図面を指差しました。
「消しゴムで消しては描き直して、そのうち紙が薄くなってくる」
 私は図面の線の多さに驚きました。細い線が無数に引かれ、数字や記号がびっしりと書き込まれていました。
「これ全部覚えるの?」
と訊くと、
「覚えない」
と言って祖父は目尻に皺を寄せました。
「だから図面があるんだ」
 その後も祖父は、船の長さをどう決めるのか、波の中で船がどう動くのか、少しだけ教えてくれました。もちろん当時の私には何も理解できませんでしたが、話しているときの祖父はいつにも増して楽しそうでした。
 次の部屋には戦時中の展示がありました。軍服や白黒の写真が並び、壁には大きな地図が掛けられていました。祖父は展示の一角に置かれたボートの模型の前で立ち止まりました。平らな船首を持つ小さな船でした。
「これは?」
と私が尋ねますと、
「上陸艇だ」
と祖父は短く答えました。
「兵隊を浜辺まで運ぶ船だよ」
 それだけ言って黙ってしまいました。
 私は正直あまり格好良い船だとは思いませんでした。当時の私には戦艦やタンカーの方が格好良く見えました。

夜の港沿いに続く石畳の遊歩道と街灯を描いた白黒線画イラスト

 展示をひと通り見終わった後、私たちは港の見えるベンチに座りました。晩夏光の只中をタグボートが一隻、低いエンジン音を響かせながら沖へ向かっていきました。
 祖父はその船を見ながら言いました。
「戦争が終わってからは、ああいう船をよく描いた」
「描いた?」
「設計したんだよ」
 そう言って祖父は沖の方を指差しました。
「あとは漁船とかタンカーとか。人を運ぶ船より、物を運ぶ船の方が多かったな」
 私は祖父が設計した船が今もどこかで動いているのだと思って少し不思議な気持ちになりました。
「じゃあ、あの船も?」
「違う」
 祖父の口元がわずかに緩みました。
「私の船はもうほとんど残ってないだろう」
 それからしばらく二人で海を眺めていました。風が吹くたびに潮の匂いが流れては消え、祖父は帽子を押さえながら、ぽつりと言いました。
「若い頃に設計した上陸艇があってな」
 私は展示室で見た模型を思い出しました。
「さっきの船?」
「そうだ」
 祖父は遠くを見るような目をしました。
「何艇も描いた」
 それから少し間を置いて言いました。
「でも、一艇も戻ってこなかったな」
 祖父はそれ以上の説明はしませんでした。その日の帰り道に何を話したのかは覚えていません。祖父が自分の過去について語ってくれたのは、後にも先にも、あれきりだったように思います。

港の桟橋に係留された作業船と水面に映る反射を描いたモノクロ線画イラスト